それでいいのだ

お店に並べる商品について、どんな基準で選んでいるかを聞かれる。

作る人。間に入っている人。会社。
その結果として生まれる食べ物。日用品。

一応、表向きに答える文句はあるけれど、人とものにどんなエネルギーを感じるかで選ぶ。と本当は答えたい。イコール美味しい。ということなのだけど、自分が実際に大切にしている部分を超えたことを話さないといけない空気になると、どうにかして相手に伝わるように言葉を選んでしまう。
それも大切なのだけど、本当はそういうのはしたくない。
エネルギーとかいうとスピ系と捉えられがちだけど、エネルギーなんて皆が無意識に感じていることで、私はその感覚により注意深く、敏感になろうとしているだけのことだと思う。
そして、そのエネルギーの状態とおいしさはもちろん比例する。

栽培方法などは後からついてくるという程度で、美味しい食べ物を愛情を持って作ろうとする人は、自然と効率重視のもの作りはしない。
だから、結果として効率を上げるために何かを加える必要はなく、時間をかけて丁寧に作るので、そうしているうちにいつの間にかその人の良いエネルギーが乗ったパワフルな食べ物ができる。
体に良いか悪いか、という目線で食べ物を見るのは苦しいのでしない。
とにかく、自分が心地よいか。違和感を感じないか。

好む美味しさや味覚は自分の状態によってもかなり変わる。
もの選びをするときは選ぶ責任があるからできるだけ中心に戻っている時に行うが、いつもそうではない。時には出来合いのものにも頼るし、たまには二日酔いになるくらいお酒を飲んで、ジャンクなものを食べるのも良い。お菓子もアイスも大好きだ。だからそれぞれ皆が、その時の自分の状態に合うものを選ぶのは当たり前。


フードベースを好きでいてくれる人はお互いに波長があっているということ。
だから、その間は信用して商品を選んでほしいなと思う。
たまにはお互いの調子によって距離ができる時もあるかもしれない。
離れたりくっついたり。2度と会わない人もいるかもしれない。
でも私は変わらず店にいるし、ふらっとどこかに行っていないかもしれない。

それはそれで良い。